EOS10D日記その 51 ---ksmt.com---10D日誌---ご意見、ご感想などこちらまで---掲示板--- mail ---


2014.11.12 ブログに移行

http://www.ksmt.com/blog を開設しました。11年間続いたこの10D日誌の更新は休止し、http://www.ksmt.com/blogに移行します。長い間ご愛読ありがとうございました。(ブログが不調だったら日誌が復活するかもしれませんが)


2014.11.08 掲示板閉鎖

以前からスパム攻撃されていたksmt.comの掲示板ですが、昨日激しく攻撃されたため閉鎖しました。CGIを使ったコンテンツである掲示板とformMailは廃止します。今後は新たにblogを開設したいと思います。サーバー移転を伴いますの、しばらくはksmt.comが不安定になると思いまので、ご承知おきください。

CGIが自由に使えるという理由で使い始めた独自ドメインのレンタルサーバですが、このへんでCGIの使用をあきらめようと思います。個人の趣味でスパム攻撃から防衛するのは難しいです。それに、もはやCGIを使う理由がありませんので、そろそろ潮時かもしれません。


2014.11.01 1828年にシュバリエがニエプスに送ったレンズ

シュバリエはパリのレンズ屋で、19世紀前半に活躍。ニセフォール・ニエプスは1822年に世界で最初に写真画像を得ることに成功した発明家。ニエプスについては以前この日誌で連載しています。1828年にシュバリエがニエプスに送ったレンズの断面図が残っています。Corrado D'Agostini氏の本から引用します。

『1828年3月24日、シュバリエはニエプスにアクロマット・トリプレット・レンズを送った。イギリスから(フランスに)帰国したニエプスが注文した品である。その包みには三枚のレンズの貼り合わせ方を説明した短い手紙と2枚のスケッチが入っていた。Kravetsの本(1949)に掲載されたスケッチから、二枚の両凸レンズを一枚の両凹レンズで接合したものだったことが分かる。また、両凸レンズのどの面を凹レンズを貼り合わせるべきかが指示してある。手紙の本文:

本日三枚のレンズで構成されるアクロマティックレンズ、焦点距離12インチ、直径3インチを送らせて頂きました。102フランの請求書も同封させて頂きました。0と1のマークがある面を慎重に貼り合わせてください。レンズAが被写体側、レンズCがスクリーン側(すりガラス側)です。組み立て後には下の図のように三枚のレンズが隙間なく接合されます。

しかし、結局このレンズはニエプスの目的には合わなかった。望遠鏡向きのレンズで中心は収差が補正されたいたが、周辺は補正されていなかった。このため写真には向いたいなかったのだ。』



写真用レンズで重要となる周辺部分の収差補正、という問題がここに始り、その後徐々に解決されていきます。これがすなわち写真レンズの歴史であるといえます。Petzval(1840), RapotRectilinear/Aplanat(1866), Zeiss Anastigmat(1890), Dagor(1892), Cooke Triplet(1893), Planar(1897), Tessar(1902), Opic(1920), Ernostar(1923)など、歴史的なレンズの断面図はどれもこのスケッチに似ています。ガラスを変えながら、シュバリエの望遠鏡用レンズを改良したと考えることも不可能ではないと思います。

分離 : Cooke Triplet
分離+追加 : Petzval, Tessar, Ernostar
二個組み合わせ : RapidRectilinear/Aplanet, Zeiss Anastigmat, Dagor
分離したものを二個組み合わせ : Planar, Opic


2014.10.31 キャメロンのJaminレンズ

Julia Margaret Cameronは1815年にインドのカルカッタで生まれた。フランスで教育を受けた後インドに帰り、英国の高級官吏であるチャールズ・ヘー・キャメロンと結婚。1848年、夫の退職に伴い一家はロンドンに移る。1860年、ワイト島に家を購入。1863年、48歳の時、娘からカメラをもらい、写真家としての経歴が始まった。1875年にセイロン島に戻り、1879年に亡くなった。写真家としての作品が残るのは、1863年から1875年までの12年間。湿板の時代。

Corrado D'Agostini氏の本にキャメロンがJaminのレンズを使っていたとの記載がありますので、抜粋して翻訳します。

Julia Margaret CameronはJaminのレンズを使った写真家である。有名な写真家でも使用したレンズを特定するのは容易ではなく、知られているのは一部である。たとえば、NadarはDallmeyer、AlinarisはPantoskopとVoigtlander。しかし他はだいたい不明である。キャメロンは1864-1866年の間にJaminのレンズを使った。そのレンズはF6かF7で焦点距離30cm。カメラは9x11インチ判。キャメロンの写真はあまりシャープではないが、その理由は分からない。レンズのせいかもしれないし、被写体ブレかもしれないし、現像やプリントの問題かもしれない。キャメロンは余計な器具が写るのを嫌ったので、モデルは首押さえなどの器具なしで数分間静止するという苦行を強いられた。』

キャメロンの写真集を買おうかなぁと思って検索したのですが、どれも高い。無料のものでもそこそこ楽しめると思います。
http://www.atgetphotography.com/Japan/PhotographersJ/Cameron.html
http://www.youtube.com/watch?v=VqnVLwRagbs
http://www.youtube.com/watch?v=umxoNNUMpDY&feature=youtu.be
http://www.youtube.com/watch?v=PZp-HahzBP0


2014.10.29 Petzval 5cmレンズに絞り追加

ペッツバール型の撮影用レンズはF3.5-F4.5くらいのものが多いです。これくらいなら絞り開放でもかなりの範囲がシャープに写ります。一方、映写機などの用途にはF2.3程度の明るいペッツバール型レンズが使われることがあります。レンズの中心部分しか使わず、周辺の乱れが問題にならないからです。このような明るいレンズで撮影すると、周辺の画像の乱れが気になります。そこが古いレンズの楽しみではありますが、少し絞った状態の画像が見たい気もします。絞りは付いていませんが、自分で適当に作ることができます。


今回は厚手の革で作製し、鏡筒の中心に押し込みました。これでF4.5かF5.6くらいになっていると思います。いびつな形の穴ですが、テストだけならこんなもんでもいいかと思います。


2014.10.28 Petzval 5cmレンズ再改造

無限を出すために取り付け金具を前後逆にして改造した(レンズそのものは正しい方向を向いている)Petzval 5cm(実際には58mm F2.3程度)を再改造しました。ヘリコイドの中に隠れていた真鍮の鏡筒が前に出たため、昔々のレンズであることが分かりやすくなりました。


M42のヘリコイドの内側を少し削ってレンズの外側の金具を軽く叩き込み。


M42ヘリコイドの後ろを少し削ってNEX reverse adapterを接着。だいたい同じ太さです。riverse adapterの49mmオスネジは削り落し。柔らかいアルミの素材ですので、削るのは簡単です。


レンズの後ろはNEX riverse adapterの中に両面を削ったM42のスクリューが入って、さらにその中のぎりぎりのところをレンズが動くような構造です。


NEX 5Nに取り付けたところ。これは少しオーバーインフです。レンズ手で引っ張って前に出すと、至近距離のマクロも撮れます。


2014.10.27 白黒撮影時のカラーフィルター効果 2

2014.10.21 白黒撮影時のカラーフィルター効果で、「RAWで記録していないとカラーフィルターをかけることはできない」と書きましたが、もちろんJPEGでもカラーフィルターをかけることができます。ただ「赤」フィルターとか「緑」フィルターというボタンは無いので、自分でRGBを個別に調整する必要があります。

今回は私が愛用するフリーソフト、IrfanViewを使って説明します。

カラー写真を「グレースケールに変換」のみ。カラーバランス調整なし。


赤を強調。赤フィルターと同じ効果を狙っています。赤い帽子が色飽和を起こしており、帽子の素材感が失われています。また、黒に締りがなくなっています。これらの問題がないようカラーバランス調整を行うのは、思ったより難しかったです。


赤だけ暗くして、「緑」フィルター効果を狙ったもの。全体に暗くなりすぎてしまいました。

ということで、原理的には可能だが、JPEGだと結構面倒くさい、という結果になりました。PhotoShopのレイヤーマスクを使って、帽子の濃さだけ調整した方がいいかもしれません。


2014.10.26 写真家の気配

女優さんの写真集を撮影する時には、写真家の気配を消さなければならない、という話を聞いたことがあります。読者が女優さんを直接見ていると錯覚させるために、写真家の存在を読者に悟らせてはいけない、というような意味です。写真集を買う人は女優さんに興味があるが、写真家には興味がないので、写真家が目立つと気が散るのです。

三種類の人物が写真に関係します。被写体、写真家、観賞者です。ですから、三種類の気配が存在すると思います。
(1)被写体が発する気配
(2)写真家が意図した気配
(3)観賞者の経験にもとづく気配


2014.10.23 気配の写真

御隠居のブログで、人を撮らなくても、その人が普段居る場所を写すだけで気配を写すことができるか? という記事がありました。これは興味深いテーマだと思います。「気配」という言葉の定義が難しいのですが、「写す」と言っているわけですから、写真の中に写っている過去の「痕跡」から何かが読み取れるか? というふうに解釈します。

私が子供の頃(昭和40年〜50年頃)、写真を撮るのは入学式とか、遠足とか、お祭りとか、結婚式とか、法事とか、新築とか、そういった行事に参加した人の「顔」と「衣装」を撮るのが一般的でした。「顔」を見れば、その周辺にあった建物とか、風景とか、出来事とかが鮮明に思い出せます。これは普通のことだと思います。

取り壊される前の古い家の写真が数枚残っています。私の両親は、この写真から多くのことを思い出すことができます。明らかに「気配」が存在します。当時幼稚園児だった私は、この写真からは何も思い出すことができません。この家に関する情報はこの写真しかないからです。明らかに「気配」はありません。

私が高校修学旅行に行く時、父親のカメラを借りて持っていきました。顔しか写っていない記念写真は普通すぎてダサイと思っていたので、建物とか樹木とかをローアングルから撮影した奇抜な写真を撮ってきました。これは撮った本人が見ても意味不明の写真で、だれも理解できませんでした。修学旅行に行った当人でさえ、写真から「気配」を見出すことはできませんでした。

子供が生まれると、「顔」の写真ばかり撮るようになりました。まあ普通の家族写真です。親は「顔」から当時のエピソードを鮮明に思い出すことができます。子供は自分が幼いころのことは覚えていないので、特に気配を感じられません。

子供が小学六年の時、実用的なデジタル一眼レフであるCanon EOS 10Dが発売されたので購入しました。APS-Cなので望遠に強く、手ぶれ補正付きのEF300F4ISレンズで少年野球の撮影をしました。スチル写真は野球少年たちの「顔」から強い「気配」を発していました。顔を見れば勝ったか負けたかが分かります。一方、ビデオカメラで動画も撮影しました。こちらは試合の様子がはっきりと写っていますので、別に「気配」に頼る必要はありません。動画は写っていることは良く分かるが、写っていない部分を思い出すことが難しいという特性があります。つまり「気配」が足りないのです。なので、ビデオ編集の時には、静止画とバックグラウンド・ミュージックを多用して、「気配」を増量しました。ただし、同じ野球チームの関係者以外はこのビデオに興味はなく、「気配」もへったくれもありません。

息子が中学に上がると、撮るものがなくなり、360度パノラマ写真を撮りはじめました。普通の写真と違って「切り取り」を行っていないわけですから、情報量が多くて「気配」成分が少なくなります。2004年頃は、まだ360度パノラマ写真を合成するソフトが十分とはいえず、合成が容易な無人の風景が主な題材になっていました。動くものがあるとパノラマ合成が難しかったのです。しかし、これは面白くない。情報量は多いが、あまりに冷静すぎる。なので、できるだけ多くの「顔」を入れて、360度パノラマ写真に少し感情を入れるよう試みました。

2006年頃からは歴史的なレンズの研究をはじめ、顔はほとんど撮らなくなりました。動くものだとレンズの描写の比較がしにくいからです。しばらくすると、やっぱり「顔」がないと面白くない。2012年頃から再び「顔」を多く撮るようになりました。

まとめると、「顔」の気配とそれ以外の気配、説明の写真と感情の写真、報量のビデオと「気配」のスチル、などの間を行きつ戻りつしています。「顔」から当時のエピソードを思い出すのは一般的だが普通すぎる。「顔以外」から「顔」を思い出すのは難しいが、少数の当事者には有効。まれに傑作写真ができるかもしれない。

同じ写真でも、観賞者の経験と記憶に依存して、「気配」感じられる人と、感じられない人がいます。「気配」という点においては撮影者が観賞者をうまく誘導することはなかなか難しいと思います。写真以前の記憶によって決まってしまうからです。

適当に写真を撮りましたので観賞者が好きなように「気配」感じてください、という突き放した姿勢しかないかもしれません。小学校の遠足の写真が廊下に張り出されて、番号を書いて焼き増しの注文をしたのと同じですね。自分の顔は半分しか写ってないけど、やっぱり買ってしまう。本当は好きな女の子の写真がほしいけど、恥ずかしくて買えない。

でも、たまに鮮明に「気配」を放つ写真があることも確かです。強烈な「気配」放つ光景が眼前に現れるという「幸運」が訪れた時に、それを余すことなく撮影できる技術を磨くことが肝要だと思います。(あるいは強引に「幸運」を呼び込む財力)


2014.10.22 EOS 5D Mark IIのショット数



8か月で179170-157476=21694枚。一か月当たり2712枚。週当たり678枚。今年2月の時点では週当たり平均820枚だったので、少しペースダウン。最近は無駄なシャッターをあまり押さなくなったのが原因だと思います。中古で安く買ったのですが、今のところ問題はなく快調です。


2014.10.21 白黒撮影時のカラーフィルター効果

日本モダンガール協會の淺井カヨさんの写真(1861年(文久元年)にロンドンのDallmeyer社で作られたペッツバール型のレンズで撮影)を白黒化してみました。EOS 5D Mark IIのRAWデータがあったので、Canon DPPを使って結構真剣にやりました。元のカラー画像はこちら。


最大の懸案は赤い帽子と口紅を白黒でどう表現するかです。DPPではモノクロを選択すると、カラーフィルターなし、黄、オレンジ、緑、を選択することができます。昔の写真師は白黒写真のためにたくさんカラーフィルターを持ち歩き、被写体と撮影意図によって使い分けていました。当時は撮影前にフィルターを決定しなければならないので大変だったと思いますが、今ではカラーフィルターをRAW現像時に変更することができます。


中央の写真はフィルター効果「赤」。右側の写真はフィルター効果「緑」。帽子の色が全然違います。赤フィルターを入れると赤が明るくなり、緑フィルターを入れると赤が暗くなるということのようです。御本人に聞いたところ(実際には別の写真でしたが)、帽子の色が濃い「緑」フィルターの方がモダンガールらしくて良いとのことでした。白黒フィルムで撮影する時には、あらかじめこんな配慮が必要だったんですね。初めて理解できました。


左:フィルターなし。 中央:フィルター「黄」。 右:フィルター「オレンジ」。 これらでは帽子の色は「赤」と「緑」の中間の濃さになるようです。

RAWで記録していないとカラーフィルターをかけることはできないので、これはRAWを使う積極的な理由になりそうです。

次の問題は、黒いショールの地模様と、白いブラウスのレースの模様の両方がうまく印刷できるか、という点です。これは紙やインクに大きく左右されますので、プリントしながら調整するしかないと思います。

このお祭りは大変撮影しやすくてありがたいのですが、唯一の問題は写真の背景になる大正時代らしい建物などが無い点です。この写真では派手な洋服を着た参加者を遠くに置いて大きくボカして背景にしています。焦点距離の長いペッツバールレンズは、ボカしやすいという点で、この場所に向いていると思います。逆に背景が何か分かるように撮るのは苦手です。


2014.10.15 GHDL install

やっとUbuntuがネットに再接続できたので、GHDLというVHDLシミュレータをインストール。ネットにさえつながれば、Debian系のLinuxでのインストールはとても簡単。
sudo add-apt-repository ppa:pgavin/ghdl
sudo apt-get update
sudo apt-get install ghdl

GHDLにはGUIがないので、VCDを書き出してgtkwaveという波形viewerで見るのが普通のようです。
sudo apt-get update
sudo apt-get install gtkwave

実行方法は次の通り。ghdlもgtkwaveも/usr/binに存在しますので、パス設定は不要。フリーソフトですのでライセンスも不要。
ghdl -a xxxx.vhd
ghdl -e config_name
ghdl -r config_name --vcd=config.vcd
gtkwave

さて、久しぶりにVHDLのシミュレーションをやってみたいと思います。


2014.10.14 VMware Player 6.0.1のネット接続方法

非業務日誌なのですが、ちょっと業務っぽい記事です。VMwareは業務で使っているものの、本職ではなく、趣味みたいなものですので、ここにメモしておきます。(相談できる人がいないので、調べるのに結構時間かかってます)

最初VMware Player 6.0.1上にUbuntuをインストールしたときには、問題なくネットワークが繋がっていました。Unbuntu 側では特に何も設定せずとも、Windows 8のネットワークをそのまま使えていました。 しかし、いつからかネットワークに繋がらなくなりました。多分ネットに繋がない状態でVMware やUbuntuの再起動を行った時に設定が変わったのだと思います。

要はWindowsでvmnetcfg.exeを立ち上げて、ネットをブリッジすればいいらしいのですが、最近のVMware Playerのパッケージにはvmnetcfg.exeが含まれていないので、上位のパッケージから持ってこなくてはいけないのだそうです。(簡単に書いてますが、これが分かるのに数時間かかった)


ネットがつながらないときには、一番上のVMnet0 Bridgedが消えていました。左下のRestore Defaultボタンを押せば、これが復活して、ネットワークにつながるようになります。

ネットを検索したら http://www.teradas.net/archives/12022/ に対策が出ていたので念のため転記させて頂きます。

VMware Player 6と同世代のVMware workstation 10のインストーラーを入手して、以下のコマンドで展開します。
  VMware-workstation-full-10.0.0-1295980.exe /e .\tmp

出てきた「core.cab」を解凍。(今回は“解凍レンジ“で解凍)
.\tmp に解凍された以下2つのファイルをVMware Playerのインストールディレクトリ (通常はC:\Program Files (x86)\VMware\VMware Player)にコピー。
  vmnetcfg.exe
  _vmnetcfglib.dll
その後、以下のようにリネーム。
  _vmnetcfglib.dll →vmnetcfglib.dll

あとは、vmnetcfg.exe を起動して、Restore Defaultボタンを押せばVMnet0が復活。最後にVMwareとUbuntuを再起動すれば、見事にネットに接続できました。


2014.10.11 Petzval 5cmレンズ

Petzval lens 5cm

中将姫光学から改造依頼のあった焦点距離5cmのペッツバールレンズ。刻印がないので、メーカー名、製造年代などは分かりません。


なかなかしっかりした作りのレンズです。ピニオンギアは失われています。フランジ金具付き。


典型的なペッツバールレンズです。前玉の直径は25mmありますので、結構明るいと思います。


このようにEマウントに改造してNEXに取り付ければ格好が良いのですが、無限が出ず、1mくらいまでしかピントが来ません。もっと薄いEマウント金具があればいいのですが。


しかたなくフランジ金具を使うのをあきらめ、金具を前後逆に取り付けました。


これによってレンズ全体をヘリコイドの中に入れることができ、無限までピントが合うようになりました。


このフランジ金具の直径は43mmくらいでして、もうちょっとでM42ヘリコイドに入りそうなのですが、残念ながら入りません。レンズとヘリコイドはゴム系の接着剤で軽く接着してあります。普通は剥がれませんが、再改造時には簡単にはずせます。


NEX5Nに取り付けたところ。APS-Cだと普通に写せるようです。


2014.10.10 ライトニング ケーブル無償交換

自作したメガネストラップを息子に自慢したら、不評。断線したライトニング ケーブルはアップルが無償で交換してくれるので、切断するのはもったいないとのこと。すでに買ってから一年過ぎていますし、Apple Care+に入った覚えもないので、今は無償ではありませんが、切れた時点ではまだ一年以内だったので無償交換対象でした。

今は100円くらいで買った非認証のケーブルを使っています。充電には問題ありませんが、USBを介してパソコンでネットを使うことはできないようです。テザリングでやればいいのですが、テザリングではWiFiをPCが認識するまで一分ぐらいかかるので、急ぎの時はUSBの方がいいようです。


2014.10.9 メガネ・ストラップ

最近老眼鏡が手放せなくなってきました。しかし、1m以上の遠方を見るときには老眼鏡をはずさなければまりません。着脱の回数は自然と増えます。そこで、百円ショップで数種類のメガネ・ストラップを買ってきて一年ほど試しました。金属のチェーンでできたものは少し重いし、柔らかすぎて鞄の中でからまったりします。革やビニール細いコードは耐久性に問題があり、数か月で切れてしまいました。

ネットで探したのですが、どれも決め手に欠けます。そこで、断線してしまったiPhone用のライトニングケーブルをリサイクルして、自作することにしました。もちろん狙いは雑談時の話題づくりです。

百均で買ったストラップのメガネ接続部分を使い、ひもの部分をライトニング ケーブルに代えます。かなり腰の強い素材ですので、からまることはありません。自作なので長さを自由に決められます。


ライトニング ケーブルを適当な長さ(60cmくらい)はさみで切断し、端に千枚通しで穴をあけます。ここに針金を通してペンチでかしめれば完成。この部分の耐久性は百均と同じですので、一か月ほどで切れると思いますが、そのころには別の素材を考えます。


2014.10.6 シュナイダー仕様誤解あるいは厳守

Nacht Exakta用のレンズ三本。左からPrimoplan 1.9/8cm, Super-Six 1.9/3", Xenon 2/8cm。 マウント面を合わせて置いてあります。

Primoplanは後玉の金具がマウント面よりかなり後ろまではみだしています。Super-sixは焦点距離が少し短いので、さらに後ろにはみ出しています。一種の沈胴システムのNacht Exaktaでは、これが普通の設計だと思います。一方、Xenonはマウント面より後ろには金具がほとんどなく、ガラスが飛び出しています。レンズが傷つきやすいので気を使いますが、なんでこんなことになってしまったのでしょうか? 以下に仮説をたててみました。

仮説1(仕様誤解): シュナイダー社がNacht Exaktaの仕様を誤解し、撮影時にミラーがマウント面の直後まで達すると思っていた。ミラーとの衝突を避けるため、バックフォーカスをかせぎ、レンズ全体が前に出せるよう設計した。その結果、後玉が金具から飛び出した。

仮説2(仕様厳守): シュナイダーは横長いVEST判(4x6.5cm)のイメージサクルの仕様を厳守するため、後玉の直径を37.8mmまで拡大。外径39.8mmのスクリューに入れようとすると、後玉を支える金具を省略せざるを得ず、スクリューの内側に直接レンズを接着した。結果的にレンズが後玉から飛び出したが、レンズを前に出した分さらにイメージサークルが広がり、余裕で仕様をクリアした。(他社のレンズの後玉の直径は34.5mm(Primoplan), 32.8mm(Super-Six)なので、2.3mm-5.0mm大きい)

冷静に考えると、仕様厳守以外の理由でコストの高い特殊な金具を作る理由はなく、仮説2(仕様厳守)が有力。シュナイダー社は厳格な会社で、多大な犠牲を払って仕様を厳守したのだと考えるのが自然だと思います。シュナイダー社が払った犠牲は次の通り。
1. 特殊な金具製作に伴うコスト高
2. 他社がF1.9と刻印しているのに、F2.0と刻印することによる売り上げへの悪影響
3. ガラスが傷つきやすい位置にあり、ユーザーからのクレームを受ける危険性
4. 後玉を簡単に取り外せないことによる、修理コストの増大


2014.10.5 Primoplan 8cm

Meyer Gorlitz Nr. 806994 Primoplan 1:1.9 f=8cm

Nacht Exakta用のPrimoplan 1.9/8cm借用。純正フード付き。

Primoplanの人気は近年急上昇し、Super-Sixほどではないにしろ、かなり入手困難になっています。


このレンズもNacht Exaktaのヘリコイドを利用したEOSアダプタ付きでお借りしました。EOSで使うとき便利です。


2014.10.4 SUPER-SIX 3"

DALLMEYER SUPER-SIX ANASTIGMAT f/1.9 F=3" 168376

Nacht Exakta用のSuper-Six 1.9/3"を借用しました。このレンズは希少品で、これ以外のレンズを見たことはありません。

マウント面より後玉がずいぶん後ろにありますが、Nacht Exaktaは一種の沈胴システムなので、レンズを無限遠まで繰り出さないとシャッターが切れないようになっています。なので、後玉とミラーが衝突することはありません。


EOSマウントアダプタ付きで借用しました。このマウントアダプタはNacht Exaktaのヘリコイドをそのまま使っています。


沈胴分までフォーカシングに使えるので、かなり寄れます。


2014.10.3 iPhone5の通話音量が小さい問題

iPhone5の通話音量が小さくなり、騒がしいところでは音量を最大にしても通話が聞き取れないという問題が発生。同時に買った女房のiPhone5の1/10くらいしか音量が出ていません。そこで、Googleで調べると次のような対策が出ていました。

1. 購入時にスピーカーの上に貼ってある保護フィルムをはがす。 (まさかそんな)
2. 通話音量が小さくなっているので、左側面の音量+ボタンを押す。 (さすがにそれは知っている)
3. 故障なのでAppleで交換してもらう。 (一年半でスピーカーが壊れるとは信じがたい。昔の黒電話だって壊れたことないのに)
4. 電源を入れなおす。 (何度もやりました)
5. すべての設定をリセット。 (だから、何度もやったって。かなりイラつく)
6. スピーカーに息を吹きかけるか、またはブロアで空気をかける。 (まさか、これが正解。一発で直りました)

いつもズボンの左ポケットにスマホを入れていたので、スピーカーに埃が詰まっていたのでした。女房はスマホをバッグに入れているので埃がたまらかったようです。スピーカーに少し埃がたまっただけで、ここまで音量が落ちるとは予想外でした。

ちなみに、スピーカーの穴を爪楊枝で掃除しただけでは改善されませんでした。埃を奥に押し込んでいるだけだったようです。


2014.9.25 偽白黒フィルム

白黒ネガフィルムRera Pan 100-127フィルムは良いフィルムだとの評判です。しかし、カラーのデジカメに慣れていると、とても気難しくて神経質に見えます。どのように気難しいかというと(デジタル化する前提です)、

1. 同じ露出で撮影しているのに、ずいぶん粒子が粗いカットと粒子が細かいカットがあるように見える
2. だいたい同じ被写体なのにコントラストが高いカットと低いカットがあるように見える
3. レンズの解像度の問題なのか、フィルムの解像度の問題なのか、ピントなのか、ブレなのか区別がつかない
4. ネガを複写する時に、ピンボケ、ブレ、ゴミ、フリッカー、ニュートンリングなどの問題が出る。撮影の問題なのか複写の問題なのか区別がつかない
5. 枚数が撮影できないので、偶然きれいに撮影できる可能性が低い

そんなことが分かったところで、デジタル画像から偽白黒ネガを作ってみたいと思います。白黒ネガフィルムで撮影したと言っているが、実際にはデジタル写真を加工したものだった、という嘘を見破る練習です。

サンプル写真のモデルは夏江美優さんです。

白黒フィルムで撮影したネガ

ネガのコントラストが低いので、複写時にコントラストを上げていますが、それでもまだ足りません。


白黒フィルムをデジカメで複写し、白黒反転した写真(調整済)

白黒反転後に再度コントラスト調整。


デジカメで撮影したカラー写真

Canon EOS 5D Mark IIでRAWで撮影。現像時にダイナミックレンジ調整。


カラー画像を単純に白黒化した写真

滑らかな白黒画像が得られます。もちろんフィルムの粒々はありません。


カラー画像からフィルム写真に似せて白黒化した偽白黒写真

Photoshopでまずノイズを加えて、次にボカシをかけます。フィルムっぽくなりました。ノイズとボカシの量を調整すれば、さらにフィルムらしくなります。わざとゴミを入れるとさらにフィルムっぽくなると思います。


偽白黒写真を反転した偽ネガ

これぐらいのコントラストと濃さのネガを作れば、修正なしできれいな白黒写真ができるんじゃないかと思います。思ったよりも色が濃いです。


2014.9.17 Rera Pan 100-127の裏紙

かわうそ商店の127白黒フィルムの裏紙の印刷です。Nacht Exaktaの赤窓を見ても裏紙の全貌が分からなかったので、現像後に撮影しました。レンズはCanon EF17-40F4Lですが、なんだかシャープに撮れていませんが、概要は分かると思います。

一段目、二段目、三段目は最初の矢印の位置が違うだけで他は同じで、4x6.5cmベスト判8枚撮りと、4×3cm(ベスト半裁)判16枚撮り用。Nacht Exaktaはベスト判で、赤窓は一個。二段目が赤窓の中に見えます。数字がコマ数を表しているようで、数字が赤窓にでればいいようです。ベスト半裁判の場合は赤窓がふたつあって、左に1が一枚目で、右に1が二枚目なのだと思われます(使ったことありませんので推測)。その前の点々は、もうすぐ巻き終わるよというサイン。巻きすぎると元に戻せないので、点々が見えたら慎重に巻きます。
四段目は4x4cm判12枚撮り用。


最初は120フィルムと同じように巻きます。


赤窓の中に矢印がみえたら、もうすぐフィルムが始まります。


フィルムの最後には、EXPOSED使用済みのシールがあり、巻き緩みしないようにきっちりとシールを貼ります。これも120フィルムと同じ。
要するに120フィルムを少し小さくしただけです。カメラが古いせいもあり、フィルムの交換が難しいです。ロールを指で摘んで引っ張り出そうと思っても、うまく摘めない。暗い所で落ち着いてフィルム交換する必要があります。

軸が細いのでフィルムのカールがきついかと思ったのですが、現像から戻ってきたフィルムは平坦でした。


2014.9.16 ちゅらかーぎー(沖縄の言葉で美人のこと)

(goo辞書から引用
ちゅらかーぎー
意味: 美人
用例: あまぬ いぃなぐんぐぁや いっぺー ちゅらかーぎー やん
翻訳: (あそこの娘はたいそう美人である)
漢字:  「清ら影」に対応

町田エイサーまつりで会った沖縄市越来青年会の皆さんに聞いたところ、沖縄では美人のことを「ちゅらかーぎー」というそうです。しかし、聞いてから五分もすると忘れてしまうので、メモしておきます。goo辞書を見ると、漢字で書くと「清ら影」に対応するとのこと。これなら覚えやすいです。今後沖縄の人に撮影依頼するときには、「いっぺー ちゅらかーぎー やん」でいきたいと思います。


2014.9.15 Exaktaの歴史

ExaktaについてはWebでたくさんの資料を見つけることができます。見つかったページを列挙します。

oldlens.com
http://www.exakta.org/
http://www.ihagee.org/
http://www.exaktapages.com/
http://www.pacificrimcamera.com/pp/ihagee/ihagee.htm
Wikipedia エクサクイタ
Wikipedia イハゲー
http://www.eonet.ne.jp/~exakta/exakta/ex_history.html

日本語のページがもっとあると思うのですが、Googleの検索でうまく引っかかりません。カタカナ表記が人によって違うせいだと思います。Exaktaのカタカナ表記には次のようなものがあります。(推測です)

イクザクタ
イクサクタ
イグザクタ 有力
イグサクタ
エクサクタ 有力
エグサクタ
エクザクタ
エグザクタ 有力
エキザクタ 有力
エキサクタ
エギザクタ

ここまでカタカナ表記のバリエーションが多いものもめずらしいです。私はイグザクタが好きです。


2014.9.14 127フィルム

127フィルムは店頭ではほとんど販売されていないので、eBayで購入。ラベルに「かわうそ商店」と書いてあったので日本製だとは知っていたのですが、なんとなくeBayで注文。送料18ドル。

数日後、北海道の「かわうそ商店」からゆうパックで127フィルムが送られてきました。eBayを通さずに直接「かわうそ商店」に注文すれば、送料不要で安くなるとのことでした。フィルム自体の価格はeBayでも直接購入でも同じだそうです。


2014.9.13 Veritoの歴史

Wollensak社のVeritoが何年から何年まで製造されたかは、はっきりとは分かりません。cameraeccentricのカタログ六櫻社のVeritoの項目より抜粋。

1912年(大正元年) Verito F-4が登場。9", 11.5", 14.5", 18"の四種類
1914年(大正三年) 六櫻社がVeritoの輸入開始。Verito f-6/5", f-6/6.5", f-4/7.25"登場
1922年(大正十一年) ピントずらしが不要になるよう改善。f-4/6.125"登場

Vede Mecumによると、1960年に製造中止になったようです。ちょうどWollensak社が3Mに買収された年です。Veritoは50年近く製造されたロングセラーのレンズです。


2014.9.12 Wollensak社の歴史

Wollensak社およびVeritoレンズの歴史について調べてみました。
(Wikipediaのウォレンサックの項目から引用)
1862年 兄Andrew Wollensakがドイツ ヘッセン州のWiesbadenで生まれる
1864年 弟John Chales Wollensakが生まれる
1882年 兄Andrewがアメリカに渡りボシュロム社に機械工として就職
1886年 弟Johnがアメリカに移住
1890年 兄Andrewがボシュロムの職工長になり、シャッターの設計開始
1899年 スティーブン・ローバーから資金援助を受け、兄弟でローバー&ウォレンサックを創業
1902年 カメラレンズの製造開始
1905年 ロチェスター・レンズを買収
1909年 オプティモ・シャッターを開発
1924年 ロチェスターのハドソン通りに移転
1933年 弟Johnが他界
1936年 兄Andrewが他界
1953年 リビア・カメラに買収された
1960年 3Mに買収された
1972年 廃業

ボシュさんとロムさんもドイツからの移民でした。同郷のウォレエンサックが光学機器製造の道に進むのは自然な流れだったようです。GUNDLACHもドイツからの移民ですし、アメリカの光学産業はドイツからの移民が支えていたようです。

1920年頃、ニューヨーク州ロチェスターの町は写真工業で栄えていたようです。イーストマン・コダックはアメリカ生まれですが、ロチェスターで成功しました。


2014.9.11 VP Exakta - EOS アダプタ自作

Schneider^Kreuznach No 870382 Xenon f:2 F=8cm D.R.P.

スクリューの後ろにレンズが出ているので取扱注意。


前玉は簡単にはずれますが、後玉は簡単にははずれません。


VP Exakta -> M42アダプタが市販されているそうですが、安いのが見つからなかったので自作。M42中間リングの中に革を張って内径調整。スクリューを強くねじ込むと、革の表面にスクリューの代用となる溝が切られます。M42ヘリコイド、M42-EOSアダプタを介してEOSに取り付けます。


割とバックフォーカスが短いので、一番薄いM42ヘリコイドを使用。


EOS 5Dに取り付けたところ。簡単に取り外して元のVP Exaktaに戻すことができます。


EOS 5D Mark II + Xenon 2/8cmで撮影したVP Exaktaカメラ(レンズなし)。


2014.9.10 VP Exakta Xenon 2/8cm

Schneider^Kreuznach No 870382 Xenon f:2 F=8cm D.R.P.

Xenon 2/8cmを入手したら、VP Exaktaカメラが付いてきました。このカメラはまだ動くそうです。VPはVest Pocketの略で、127ロールフィルムを使用し、4×6.5cm(ベスト)判8枚撮りです。127フィルムはまだ買うことができます。急がないのでeBayで少し注文。追々テストしたいと思います。


シャッターが左前に付いている点、レンズが沈胴なので撮影前に無限遠までレンズを繰り出さないとシャッターが切れない、クイックリターンミラーではないのでフィルムを巻きあげるまでファインダーが使えない、などを除けば、現代の一眼レフと同じです。


フィルムを巻き上げると、シャッター設定ボタンも回ります。内側に点が打ってありますので、外側のノブを引き上げて点に合わせます。設定できる速度は1/25, 1/50, 1/100, 1/200, 1/300, 1/600, 1/1000, B, Z(スローシャッター)


ゼンマイ式のスローガバナー兼セルフタイマーが付いています。シャッター速度をZにしたとき、こちらの黒い指標を内側の点に合わせて、ゼンマイを巻きます。1/10, 1/2, 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 11, 12秒が選べます。大きな秒数に合わせると、それだけたくさんゼンマイが巻けます。赤字に合わせると、12秒のセルフタイマーになります。シャッタースピードがZになっていると12秒後からスローガバナーが働くようです。


127フィルムは120フィルムより少し細くて短いですが、使い方は同じようです。ロールフィルムを右側に入れて、フィルムの先端を左側のスプールに差し込みます。ふたを閉めた後、赤窓をのぞいて巻き上げ、フィルムの先頭まで送ります。


ここを爪で引っ掛けて前に引くとファインダーが出ます。


このボタンを下げるとルーペが上がり、拡大して見ることができます。上下正像、左右逆像です。フィルムを巻き上げるまでミラーが下がったままで、何も見えません。


沈胴したレンズをここまで繰り出すと無限で、シャッターのロックが解除されます。


無限解除レバーを押すと、レンズを繰り出して近景にピントを合わせることができます。遠景だけなら、ピント合わせは不要です。


ファインダーの奥の鉄板を押すと、後方からファインダー見えるらしいのですが、実際にはほとんど見えません。きれいにメッキされた鉄板ではありますが、鏡のようにうまく反射することはできないようです。


バルブでシャッターを開けたところ。4x6.5cmの横長画面です。



レンズはスクリュー交換式で簡単に取り外せます。スクリューは外径39.8mm、内径39mmほどです。これが1933年の39.5mmスクリューなのか、1934年以降の39.8mmスクリューなのかは分かりません。


2014.9.9 Hexar 4.5/75mm

Konishiroku Hexar 1:4.5 f=75mm No 104488

Hexar 4.5はTessar型のレンズです。

変わった外観です。何のカメラに付いていたのか不明。


M42-M42ヘリコイドに直接接着。いつものように52mmヘリコイドにねじ込めるよう改造すると、せっかくの座金が使えません(座金を使うと無限が出ない)。M42-M42のヘリコイドは安いです。


前玉に擦り傷があるので画像のコントラストは落ちますが、何とか使えそうです。


2014.9.8 VERITO f-6 6.5 inch

WOLLENSACK VERITO DIFFUSED FOCUS 6 1/2" No 13225


F6, 6.5インチのVERITOはとても小さくて持ち運びに便利です。


2群3枚。


細長い筒に取り付けて改造。6.5インチだと163mmですが、実際はもう少し焦点距離が長く、170mmくらいのようです。


EOS 5Dに取り付けたところ。結構長いです。


2014.9.7 Grubb Dublin 800

Grubb Dublin 800

中将姫光学から改造依頼のあったGrubb Dublin 800。800の意味は分かりませんが、もし製造番号だとすると、かなり古いレンズです。No 2603が1862年だそうですから、1850年代の可能性があります。



金ニスが残るきれいなレンズです。ウォーターハウス絞りは当初からついていたもののようで、もしそうだとすると、1857年以降になります。


ペッツバール型。ガラスと金属枠は接着されています。古いレンズはスクリューで止める方式が多く、接着は割と新しい製造方法だと思います。


座金がないので適当に製作。いつもと同じ革ネジです。


52mmのヘリコイドに対応するよう改造しました。ピント合わせはヘリコイドでもラックアンドピニオンギヤでも行うことができます。


2014.9.6 コントラストが低いJPEGは調整できるかもしれない

コントラストが低いJPEGのうち、調整できる例を示します。誉田みにさんの作例を使わせて頂きます。

RAW現像時にヒストグラムの横棒を下げて、コントラストの低い写真を人工的に作りました。


RGBを見ると、輝度が半分以下のところにしか山がありません。山の形は相対的には正しく、カラーバランスはくずれていません。


コントラストの低いJPEGをCanon DPPで開いて、ヒストグラムの右側の縦棒を左に移動すると、ほぼ完全に復元することができます。左右方向に1/2に圧縮されていた(コントラストが下げられていた)画像を、左右方向に2倍に伸ばした(コントラストを上げた)だけですので当然です。これはかなり特殊な例ですが、コントラストが低い方が修正しやすいということの説明にはなっているかと思います。


2014.9.5 コントラストが高いJPEGは修正しにくい

RAWで撮るほどでもないが、後で修正しやすいようなJPEGで撮影したいという場合が多いです。そんな時にはカメラ内部の現像パラメータをいじって、コントラストを下げています。コントラストを上げる時には明るさ調整、黒を締める、ハイライトを強調するなどの細工が効きますが、コントラストを下げるのは容易ではありません。

誉田みにさんの写真で説明します。

RAW現像時にヒストグラムの左側の縦棒が真っ黒の位置を示します。これを右に移動すると暗部が締まって行きますが、右に行きすぎると黒がつぶれます。この例では髪がつぶれて真っ黒になってしまっています。


ヒストグラムで見ると、ちょっと見難いですが輝度ゼロの所にシャープな山があり、これが黒つぶれを意味します。極端な例ですが、こうなるとJPEGでは髪を元に戻すことはできません。


2014.9.4 蛍光灯照明だとJPEGでは厳しい

誉田みにさんを蛍光灯照明で撮影した時のサンプルを使って調べてみました。蛍光灯はいろいろな種類があって、ホワイトバランスをどうするかで悩みます。今のところRAWで撮って後で考えることにしています。RAWは多分そのためにあるんじゃないかと思います。


WBオートにするのが一番良かったです。このような条件はキヤノンの想定内なのだと思います。


色温度4300度で現像。ちょっと黄色すぎると思います。


WB白色蛍光灯で現像。ちょっと青すぎると思います。


RGBのヒストグラム。左からオート、4300度、白色蛍光灯。全体に山の数が多く、どのように動かせば色が合うのか分かりません。青の強度が変わっているのははっきり分かりますが、他はRGBでは調整が難しいのが分かります。


2014.9.3 陽が高いとJPEGでもなんとかなる

「どうしてRAWが必要なの?」と聞かれて、適当に答えたものの、いまいち自信がもてない。経験的には光源によってRAWが必要になる。陽の高い日中は晴れでも曇りでもWB太陽光でJPEGで撮影してもあまり問題ない。朝夕の屋外(赤くなる)、人口光源(蛍光灯など)、太陽光と人工光のミックス、などの条件で人物を撮影しする時にRAWが必要になる。

ポートレートや集合写真などの場合、人の顔の色が問題になる。特に子供や女性は輝くような明るくて元気な顔色に仕上げたい。JPEGで撮った写真の顔色が気に入らない場合(経験では大事な写真、たとえば野球の大会で優勝した後の集合写真。夕暮れが近づき、ナイター照明が点灯してしまったが、まだ明るいのでストロボが効かない)、後で希望する顔色に修正するのが困難になります。(昔はメモリーカードの容量が小さく値段が高かったので、優勝までに容量が減り、RAWで撮れなかった)

まあ、RAWだとホワイトバランスが後で変えられるというのは誰でも知っていることですが、どうもJPEGでもホワイトバランスが調整できる絵柄と、できない絵柄があるような気がします。まずは変えられる例を紹介します。

うす曇りの代々木公園で撮影した渡辺レベッカさんの写真。ホワイトバランスは太陽光でもオートでも特に問題ありません。1851年(嘉永四年)にウイーンで製造された古いレンズを使っていますので、現代のレンズよりは少しコントラストが低いのですが、WB太陽光で、少しダイナミックレンジ調整をするだけで、希望する顔色になっています。


Canon Degital Photo ProfessionalでRAW現像画面。ヒストグラムの左の縦棒を右に動かして黒を締め、右の縦棒を左に動かして少しハイライトを強調しました。


メニューをRGBに切り替えると、このような山が見えます。B, R, Gの順に山が並んでいるのがこの写真の色の特徴だと考えられます。


ホワイトバランスを白色蛍光灯に切り替えると、こんな色になります。


RGBのヒストグラムを見ると、先ほどの山とは順番が違います。青がずいぶん強く出ていることがわかります。


白色蛍光灯設定で現像したJPEG画像をDPPで開き、顔色を「太陽光」で現像した写真に近付けようと試みました。JPEGで撮影に失敗したときに修復している状況を再現しています。
トーンカーブ調整でR, G, Bを個別に調整して、山の並び順を「太陽光」で現像した時のものに近付けます。少し画像が荒れた感じはしますが、何とか頑張って顔色を調整しましたという感じです。


2014.9.2 JPEGの青と赤の圧縮(風景)

風景の例。南禅寺の疎水。Angenieux S21 1.5/50mmでF4.0に絞って撮影。このような木の葉が多い絵柄ではJPEGのサイズが大きくなります。

IrfanViewでJPEG保存画質40(100が最高画質なので、かなり画質を下している)で保存。


画面中心部を切り出し。


緑はシャープです。


赤はだいぶ荒いですが、タイルの線が見えます。


青はさらに圧縮されて、タイルの線はほとんど見えません。


2014.9.1 JPEGの青と赤の圧縮(人物)

人間の目は緑に敏感で、青や赤には鈍感という性質はJPEGの圧縮でも使われています。渡辺レベッカさんの写真で解説します。

JPEGでかなり画質を落としてファイルサイズを小さくしています。


でも、目を拡大しても結構シャープです。


緑成分だけ見ると、睫毛がはっきり写っておりシャープです。


赤は睫毛がぼんやりしており、圧縮率が高いのが分かります。


青はさらに圧縮されており、大きな四角のタイルを並べたような感じです。


2014.8.31 輝度信号

1941年 米国で白黒テレビ放送開始
1953年 日本で白黒テレビ放送開始、シャープが国産テレビ第一号を発売
1954年 米国でカラー放送開始
1960年 日本でカラー本放送開始、日立製作所が国産カラーテレビ
1964年 東京オリンピック
1968年 民放テレビ先発局のカラー化が完了
1969年 日本のテレビ受像機生産台数が世界1位になる

1964年(昭和39年)の東京オリンピックを見るために白黒テレビが普及します。既にカラー放送は始っていましたが、カラーで放送される番組はまだわずかで、カラーテレビの普及率が白黒テレビを上回るのは1973年までかかります。このころの番組表を見るとカラー放送の番組には「カラー」と書かれており、それ以外の番組は白黒放送でした。カラー番組を白黒テレビで見られるようにするため、輝度信号(白黒、Y)、輝度信号と青の差分(UまたはCb)、輝度信号と赤の差分(VまたはCr)を送信しました。この色空間をYUV、YCbCr、コンポジット(色差)ビデオなどと呼ぶようです。白黒テレビでは輝度信号Yだけを受信すればよいわけです。

色の変換は各画素ごとのRGBの値に適当な係数を掛けて足し合わせます。 RGBからYUVへ変換するときには、だいたい次のような式が使われるようです。(厳密にはいろいろあるようですが)
Y = 0.299 x R + 0.587 x G + 0.114 x B
U(Cb) = -0.169 x R - 0.3316 x G + 0.500 x B
V(Cr) = 0.500 x R - 0.4186 x G - 0.0813 x B

人間の目は輝度信号はよく見えるのですが、青や赤の信号はあまり敏感ではないようで、大幅に間引いても大丈夫です。輝度信号は緑の割合が多いので、人間の目には緑が良く見えると言うことができます。


2014.8.24 Hermagis No 2163

No. 2163 Brevet d'invention S.G.D.G HERMAGIS Opt..en Fab..nt a Prais

製造番号が2163番の大変古いエルマジーです。エルマジー社は1845年創業との説があります。1854年に一旦DEROGY et HERMAGISの刻印が見られますが、その後またHERMAGISに戻ります。8745番が1862年製造という資料がありますので、平均すると年間500本程度レンズを製造したと思われます。このことからこのレンズ2163番は1850年頃の製造と推測できます。

刻印の下に手書きでF=13.5と書いてあります。これは前の所有者が焦点距離をメモしたものだと思われます。


ラックアンドピニオンギヤを下にしてカメラに取り付けると、刻印が上下逆になります。また、ノブに隠れて刻印が読みにくくなります。さらにノブの軸が非常に長いです。


分解した状態。内側の鏡筒が二分割できます。これははじめて見ました。光学系は普通のペッツバールです。絞り機能は全くありません。


レンズにはHermagisと鉛筆で手書きされています。


二分割の鏡筒。絞りがないレンズなので、ここで分割する必要性はありません。たぶんここで少し内径を絞って、内面反射を軽減したかったのだと思います。


二分割した鏡筒を締めると、ラックギアの位置でぴったり合います。ラックギヤ自体は失われています。
何と素晴らしいネジ切り技術!と感心したのですが、冷静に考えるとラックギア用の溝を後から切ったと考えるのが自然だと思います。たぶん当初は絞りもピント合わせ機能もないレンズだったのですが、後でラックアンドピニオンギアを追加したのだと思います。


座金は失われていますので、52mmのステップアップリングを接着。


やはり刻印の文字の向きが変です。刻印のことを考えずにピニオンギアを追加したと考えるのが自然です。全体の見た目は1851年にWienのVoigtlander社で製造されたレンズと良く似ています。


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